家族ネタ、一般的な生活ネタの2chまとめです。
ヘッドライン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサードリンク
オススメブログ更新情報
関連記事
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

【思い出】 父ちゃん、母ちゃんの思い出

1: 名無しさん@HOME 2012/03/28 14:20:10

小さいとき父ちゃんの腕にぶらさがった時の
父ちゃんの腕は太くて強かったね



スポンサードリンク
2: 名無しさん@HOME 2012/03/29 09:51:55

幼稚園から帰ってくると母ちゃんの
膝まくらで昼寝してた記憶がある
あったかくて柔らかかった
もう一度あの頃にもどりたい


11: 名無しさん@HOME 2012/04/11 12:02:52

小学生の頃、単身赴任してる父のところに一人で電車を乗り継いで遊びに行った
お昼にラーメン作ってくれたんだけど、麺がのびのびですごく不味かった
でも「おいしい」って全部食べた


12: 名無しさん@HOME 2012/04/11 12:47:48

小学校の頃、夏休みのラジオ体操の後に親父とキャッチボールした。
明け方3時頃に出かけてかぶと虫採りに行った。

平和な日々だった。

親父はもういない。
息子が自分がかぶと虫採りに行った年になった。
今年の夏はどこか探して連れて行ってやろう。


13: 名無しさん@HOME 2012/04/11 13:53:34

父と母は別居する事になり4歳の私は母親と一緒に暮らす事になった
久しぶりに私だけ父の家へ泊まりに行くことになって夜になるとやはり母親が恋しくなり帰りたくて泣き出しそうになったが
「ずっとこの子(うさぎぬいぐるみ)を○○(私名)だと思って一緒に寝てたんだよ」と布団まで連れてきた
幼心に母親について行ってごめんね。今日はパパと寝るよと思った
ちょっとせつない父との思い出


16: 名無しさん@HOME 2012/04/11 20:49:33

>>13
切ないね。
四歳の子供がそんな気遣いをしなきゃならなかったなんて切なすぎるよ…


17: 名無しさん@HOME 2012/04/14 00:32:38

親父は数年前に亡くなったんだけど、絶対忘れない言葉がある。

親父「お母さんのこと頼んだぞ...」
オレ「何言ってんの、早く良くなれよ」

3日後に息を引き取ったんだけど、遊んでもらった思い出もあるけど
この言葉だけは、思い出みたいでずっと忘れないんだよね。
なんで「わかったよ」って言えなかったのか、ずっと後悔してる。




19: 名無しさん@HOME 2012/04/15 02:30:31

30年ちょっと前、グラタンと言う食べ物があると知った昭和一桁生まれの父。
うどんを牛乳とチーズでとじて「グラタン・・・」と出してくれた。
めったに料理もしない父だった。
52歳で亡くなって30年弱です。
おとうさんグラタン上手につくれるようになったよ。娘達に食べさせてるよ。
食べさせてあげたかった。


20: 名無しさん@HOME 2012/04/15 20:11:00

お節の大好きだったうちの亡き父。
「一度栗きんとんをどんぶりにいっぱい食べてみたいなあ」と言った言葉が
いまだに鮮明に父の声で再生されます。うちも毎年作ってる。


21: 名無しさん@HOME 2012/05/14 13:16:12

小学生低学年だったと思うけど家は風呂がなく銭湯へ
お父ちゃんといってた。風呂から上がると妹たちはお母ちゃんと
女湯にはいっているので「内緒だぞ」といって「パイゲンC」
を飲ませてくれた。夜道を二人で記憶にはないが何か話して
かえっていった。この頃夜道を歩いているとその頃の記憶が鮮明に
よみがえってくる。また二人で夜道を歩きたいな・・・


24: 名無しさん@HOME 2012/05/16 12:31:33

「子供の前だけでは喧嘩しない」
ってのを死ぬまで通し続けてくれた両親に感謝してる。
愚痴を聞くことはあったけど、絶対に子供の前では喧嘩しなかった。
この約束は酔った親父から聞いたけど、
その時なぜ自分の家がやたら平和だったのかってのが解って両親がその時からさらにでかく見えるようになった。
孫の顔、見せてやりたかったな。


25: 名無しさん@HOME 2012/05/18 11:54:23

今家を建てているんだけど様子を見にお父ちゃんと行ったとき
まだ階段はなく2階にはしごがかかっていた。俺が先にのぼり
お父ちゃんが上ってくるとき俺は手をさしのべたら
父ちゃんは俺の腕をギュッと握ってきた
昔は俺が怖かった時父ちゃんの腕を握ったよな
もっと頼れる息子になりたいよ


26: 名無しさん@HOME 2012/05/25 10:05:09

俺が小学生の頃お父ちゃんと釣りへいく約束をした
日曜日が待ち遠しく日曜日の朝早起きして父ちゃん
を起こしたが起きないので母ちゃんに言ったら
今日はお父さんは体の調子が悪いのでやめなさいといわれ俺はだだをこねた。
それを見ていたお父ちゃんは調子が悪いけど釣りにつれてってくれた。
海についたら父ちゃんは吐いた
怖くて、心配で釣りも少しで家へ帰ろうといった
今思えば二日酔いだったようだ。本当に強くて優しい父ちゃんだ
いつまでもそばにいてほしい。


27: 名無しさん@HOME 2012/05/25 21:20:25

自分が大学生の頃の話

私の通った大学は、
実家から通うにはちょっと遠かった大学だったため、
アパートを借りて、そこで独り暮らししていた。

勉強もろくにせず、アルバイトばかりしていた。

そんな状況を知らないお袋が、
急に俺のアパートに来ると言ってきた。
別に問題も無いのでOKを出して、
その週末にお袋がやってきたんだが、
俺がろくに食べていないんじゃないかと思って、
タッパーに色々なおかずを入れて持ってきて一緒に食べたり、
勝手に洗濯をしたり、掃除したり・・・

そんなことをしていると、あっという間に時間はたち、
外は暗くなっていた。
泊まっていくのかと思ったが、帰るというお袋。


続きます


28: 名無しさん@HOME 2012/05/25 21:21:11

仕方なく、最寄りのバス停まで、
お袋を送って行ったんだが、
バスが来て、お袋が乗り込んだときに
なんか切ない気持ちになった。

乗り込む時のお袋の背中を見たときに、
「こんなに小さかったっけ・・・」
って。

で、バスが走り出すときに、
足を引きずりながら、バスの一番後ろの席まで歩いて、
小さな体をめいいっぱい起こして、
後ろの窓から、大きく手を振ってるのよ・・・
バイバイって。

それを見ながら、俺も手を振ってさ。

それでアパートに帰ったら、
まだ、お袋がタッパーに詰めたおかずがテーブルにあって、
それを見ていたら、ぶわっと涙が出てきたよ・・・

その時に思った。
家族は大切にしようと。
そっけなくするのは止めようと。
やがて、俺にも家族が出来ると思って。

あれから20年。
お袋はまだまだ健在だが
こんな俺にも家族ができ、小さな娘もいる。

孫ができて、ちょっとは親孝行したかな・・・


29: 名無しさん@HOME 2012/05/26 09:54:24

俺がまだ20代の頃
親父から電話があって「今、○○にいるけどくるか?」
と言われ親父の行きつけの寿司屋にいったら親父は
熱燗を飲みながら刺身をたべていた。俺もビールと刺身
をもらって飲んでいたけど別にこれといって話をする
わけでもないけど親父はうれしそうにその店の大将と
はなしをしていたなぁ。俺にも息子ができて親父の
気持ちがわかるようになったよ。ありがとう。


30: 名無しさん@HOME 2012/06/18 02:39:23

今ではキャラ弁とかいっぱいあるけど、私が小さい時はもちろんなかった。
保育園だったので普段は園が用意するお弁当、行事がある時のみ手作り弁当だった。
回りの子達は俵型でのりが巻いてあってふりかけでいろんな色のおにぎり。
私のお弁当には普通の梅が入ったおにぎり2つ。
でも毎回必ず私と一つ下の弟の似顔絵がのりで切ってはってあった。
年少だった私はみんなと違うおにぎりが恥ずかしくて、隠すように食べてた。

その事はすっかり忘れて社会人になり、テレビで幼稚園のお弁当の特集をしてて、ふと昔を思い出した。
当時の母は離れて暮らす父方の祖母からネチネチ言われ、さらに父は仕事で週2でしか帰らない。
家は古い団地で6階建てなのにエレベーターもない、年子の私と弟を抱えて買い物に行っていた。
パートと内職をしながら、遠足の日は早く起きてお弁当をつくってくれていた。
急に涙が出てきて、実家に帰った時に母にありがとう、と伝えた。
あの時はわからなかったけど、愛情がいっぱいこもった、私だけのお弁当は大事な思い出です。
お母さんに気づけなかった分以上にこれから親孝行する。


32: 名無しさん@HOME 2012/06/18 15:06:51

お弁当かぁ
家は裕福なほうではなく小学校の運動会でのお昼は
母ちゃんと歳が近い姉妹たちとおかかのおにぎり、
母ちゃんはなぜか三角形に握れなくていつもまんまる
だった。ゆでたまごと塩はアルミはくにはいっていて
あとは卵焼き、とあおい(緑?)のみかん、おいしかったな
家の女房も丸いおにぎりだ・・・不思議だなぁ


34: 名無しさん@HOME 2012/06/22 11:35:01

俺が幼稚園のころ40年まえは給食はなくお弁当だった
おかずは甘い卵焼きだけだけどおいしかったと記憶している
大人になって思えば子供のために砂糖をいれてつくって
くれたんだね。


38: 名無しさん@HOME 2012/09/16 01:41:00

小三の時、明け方父に突然、起こされた
「着替えろ 寒いからパジャマのうえにジャージはけ」
寝ぼけたまま父の後について行ったら
近所に大きな川があり、そこに降りて行った
川幅が広く、川向かいに渡る為、父の背中におんぶされて渡った
岩のうえで懐中電灯を「おい ちょっと持っておけ」と手渡された
上釣りと言う、いわゆるうなぎを捕る竹筒の仕掛けをしていた
数ヶ所に仕掛けた竹筒にはうなぎはかかっていなかった
「なんだ ボウズだったな」と言った父とすっかり目覚めた私は家路につき、その後、学校に登校した

父は野うさぎ、子フクロウ、野鳥など野生の生き物もよく連れてきた
「俺は優しいから近寄ってくるんだよ」と自分で言ってた

今年13回忌を迎えるけど少年のような父だった
母も父の2年後に亡くなったけど、現実的な母は父に苦労をかけられっぱなしだったらしい
最近、夢をみたが夫婦と愛犬が仲良さげで安心した


39: 名無しさん@HOME 2012/10/04 20:58:13

たぶん小4の頃の記憶。
母が夜遅くまで毎日仕事で家をあけて深夜にしか帰らなくなり、
何となく両親の仲や家族間の不穏な空気を感じ始めた頃。
珍しく両親共夕方揃ってベランダのある和室にいて一緒に洗濯物を取り込んで畳んでた。
私が毛布にくるまり「みのむしー!」とゴロゴロ転がると父も母も笑った。
笑ったのが嬉しくて、何度も転がった。
嬉しかった気持ち、ベランダから見えた薄曇りの空、笑った両親の顔を覚えてる。


41: 名無しさん@HOME 2012/11/12 07:36:29

お父さんが肩車してくれるのが、小さい頃はすごく嬉しかった。

お父さんがすごく大きく見えたな。

今私はあの時の父親の年齢に近くなりました。

今でも父と母が大好きすぎる!
自分達が贅沢するより、私と弟の学費を優先してくれた両親。

本当にありがとう。親孝行いっぱいしたいです。


43: 名無しさん@HOME 2012/11/26 22:56:23

小学生の頃までは毎年夏に家族旅行へ行っていた
海いったり山いったりキャンプしたりと私達を楽しませてくれた
記憶に残る家族の顔は皆笑顔で幸せそうなんだよね

でも年を重ねるに連れて家族で旅行とかかったるいし恥ずかしいしでまったくいかなくなってしまった

またみんなで旅行に行きたいな…今度は両親をたのしませる旅行に行きたい


44: 名無しさん@HOME 2012/11/27 05:17:50

思い出っていうか現在進行形な話。

ずっと絵描きになりたくて暇さえあれば延々絵を描いてる自分。
実はそうなったきっかけが母ちゃんが褒めてくれたから、だった。
特に頭も良い訳じゃなくて、運動してもビリから数えたほうが早い。
そういう自分でも共働きの両親は仕事に行く前に授業参観とか仕事着のままで
来てくれたり貧乏ながらに愛されてる状況下だったと思う。

たまたま、小学生の時に図工で描いた絵が佳作貰った。
賞状持って家に帰ったら母ちゃん大喜び。
でも、まだ小さかったのもあってそれを勘違いしたんだな、絵を描けば
喜んでくれるもんなんだって。そっからはもうひたすら絵、絵、絵の日々。
夜10時過ぎに帰ってくる母ちゃん待ってて描いた絵を見せて喜んでもらってた。

それが自分の機動力みたいな感じになって。夢になった。
家に金もなかったし、他にも色々あって専門にすら行けなかったけど
独学でずっと絵は描いてたし新しい技術は出来るだけ取り込んだ。
美大とか行ってた人からしたら笑える話かもしんねーけど、
働きながら家に金入れて、夜中寝る時間削って絵描いてるってのも結構楽しかった。


45: 44 2012/11/27 05:19:16

続き。

んで、もうすぐ三十路。ようやくデビュー決まったんだ。
嬉しいけど、無名の新人。注文も結構厳しい。
母ちゃんに愚痴りながらも必死に自分の持てる画力全部でやってた。

そしたらさ、昨日家で飲んでた母ちゃんと伯母さんが喧嘩してんの。
母ちゃんと伯母さん(母ちゃんの姉)はすげー仲良くて、月1くらいで家に来ては
飲んだくれてるんだけど大喧嘩。
なんだなんだって思ってる内に伯母さん怒って帰っちゃった。

理由聞いたら自分がもう三十路近いのに実家で引き篭もって絵描いてるのが
恥ずかしいつったから叩き出した、だとさ。
そりゃ、傍からみたら結婚もしない実家にいる、会社勤めでもない女なんざ
みっともないと思うだろうって言ったらめっちゃ怒られた。

ようやく花が咲いた夢で仕事してる子供と一緒に住んで、笑って、生きて何が悪いってさ。
あんまりにもすごい剣幕で言うからきっかけは母ちゃんだって言ったら今度は泣かれたよ。

今度、初めて手がけた絵の仕事の金が振り込まれるんだ。
母ちゃんとうまい飯食いに行こうと思ってる。

ずっと信じ続けて「絶対にうまくいく」って言い続けてくれて、ありがとう。


46: 名無しさん@HOME 2012/11/27 09:17:18

おめでとうおめでとう!
おいしいご飯食べてね!


48: 名無しさん@HOME 2012/11/27 19:12:00

小五の頃の話。
母はいつも口うるさく、私は毎日叱られてばかりいた。
「お母さんはきっと私のことが嫌いなんだ…」
そう思っていた。

ある日、母と一緒に自転車でスーパーに出掛けた。
その時私は横から飛び出してきた車に轢かれそうになった。
だがその瞬間、母が私の前に身を乗り出して守ってくれた。

その時に初めて気付いた。

お母さん、私を愛してくれて本当にありがとう。


このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサードリンク
オススメブログ更新情報
関連記事
[ 2013/02/17 00:05 ] 思い出 | TB(0) | CM(0)
人気ページランキング
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。